ブランディングの教科書

羽田康祐

「売れない」を「指名買い」に変える!日本の企業が知らないブランディング戦略の全貌

「商品やサービスは良いはずなのに、なぜか売れない」「販促ばかりにお金がかかる」と感じていませんか? もしかしたら、それは「ブランディング」への誤解が原因かもしれません。本書『ブランディングの教科書』は、数あるブランディング関連書籍の中でも、ブランドマーケティングの「戦略」部分に特化し、BtoC企業を中心にその本質を徹底解説しています。

欧米企業ではマーケティングの最上位に位置づけられる「ブランド構築」ですが、日本では「結果として自然に生まれるもの」だと誤解され、その重要性が見過ごされがちです。本書は、小手先のテクニックではなく、事業を大きく成長させるための「本質的なブランディング戦略」を、具体的なステップとともに体系的に教えてくれます。顧客の心を掴み、持続的な成長を実現したいすべてのビジネスパーソンにとって必読の一冊です。

なぜ、日本のブランディングは「下手」だと言われるのか?

多くの日本企業が抱える課題、それは「ブランディングへの根本的な誤解」です。羽田康祐氏は本書で、欧米企業が「ブランド構築」をマーケティング活動そのものを規定する「上位戦略」と位置付けているのに対し、日本の企業はブランディングを「マーケティング活動の結果として自然に生まれるもの」だと誤解していると指摘します。この認識のズレが、日本のブランディングが「下手」だと言われる所以です。

ブランディングは、単なるロゴ作成や広告宣伝といった「戦術」ではありません。それは、事業の「方向性」を決定づける「戦略」であり、抽象的で曖昧に捉えられがちな概念です。この本質を理解しないままでは、目先の施策に終始し、時間とコストを浪費するばかりで、ビジネスを間違った方向に導いてしまいかねません。

<ブランディング=戦略(方向性)→戦術(個別施策)>

この図式が示すように、ブランディングはまず大局的な「戦略」を定め、その上で具体的な「戦術」を展開するという、明確な順序と構造を持っています。

「ブランド」とは何か?感情移入がもたらす「指名買い」の世界

では、そもそも「ブランド」とは何でしょうか? 本書では、ブランドを「生活者から見た独自の役割を築き、『感情移入』が伴ったモノやサービス」と定義しています。重要なのは「感情移入」というキーワードです。どんなに優れた商品やサービスであっても、それを使う人々の心に「感情移入」が伴って初めて、その人にとっての「ブランド」に変わるのです。

一度ブランドを確立すると、企業は「販促による衝動買い頼み」という消耗戦から脱却し、顧客が自社の製品やサービスを「指名買い」してくれるという、全く新しいステージへと移行できます。これは、価格競争に巻き込まれず、安定した売上と利益を確保するための強力な武器となります。

  • 感情移入:ブランドの連想 → 価値(喜び) → 欲しい!
  • 企業都合、モノ起点、どう売るか? → 企業視点:×
  • 生活者都合、顧客起点、感情移入重視 → 消費者視点:◯

このように、ブランド構築においては、顧客の感情やニーズを起点に考えることが極めて重要だと羽田氏は強調しています。

ブランディングの種類:誰に、何を、誰が伝えるか

ブランディングには、その対象によって様々な種類があります。本書では、以下の視点からブランディングの種類を整理しています。

  • (何を?):商品・サービスブランディング(個別の製品やサービスに焦点を当てる)と企業ブランディング(企業全体のイメージや価値を構築する)
  • (誰に?):自社の外側(消費者や顧客)に向けたブランディングと、自社の内側(従業員)に向けたインターナルブランディング
  • (誰が?):BtoB(企業間取引)とBtoC(消費者向け取引)といった事業形態による違い

これらの軸を理解することで、自社がどのようなブランディングに取り組むべきか、その全体像を把握することができます。

戦略なき戦術は無駄!ブランディング戦略立案の5つのステップ

本書の核心とも言えるのが、具体的なブランディング戦略の立案プロセスです。羽田氏は、闇雲に施策を打つのではなく、明確な「戦略」に基づいてステップを踏むことの重要性を説いています。

ステップ1:共通認識の確立

ブランディングの成功は、チーム全体の共通認識から始まります。まずは、ブランディングの意味、メリット、そして必要性を明確化し、チーム全体で共通認識を持つことがスタートラインです。経営層から現場まで、全員が同じ方向を向き、ブランディングの重要性を理解していることが不可欠です。これにより、施策がブレることなく、一貫性を持った活動が可能になります。

ステップ2:現状分析と機会・課題の抽出

次に、自社を取り巻く外部環境と内部環境を深く理解します。

  • PEST分析:政治(Politics)、経済(Economy)、社会(Society)、技術(Technology)の4つの視点から、ブランドを取り巻く世の中の流れやトレンドを捉えます。これにより、将来的なビジネスの機会や脅威を予測し、戦略の方向性を定める基礎とします。
  • 3C分析:顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の3つの視点から、自社の強みや弱み、市場のニーズ、競合との差別化ポイントを明らかにします。これにより、ビジネスの機会と課題を具体的に抽出し、自社が立つべきポジショニングを明確にします。

これらの分析を通じて、漠然とした状況を客観的なデータに基づいて把握し、戦略立案のための土台を築きます。

ステップ3:ブランド戦略の策定

分析結果に基づき、いよいよブランドの「核」となる戦略を策定します。

  • ブランドアイデンティティ:ブランドが目指す「より良い社会の姿」を定義します。これはブランドの存在意義であり、顧客の共感を呼ぶための最も重要な要素です。例えば、Appleのブランドアイデンティティは「Think different(人と違う考え方をする)」であり、単なる製品以上の価値を提供しています。
  • ブランド提供価値(=喜び):顧客にどのような「喜び」を提供するのかを具体的に定義します。機能的な価値だけでなく、感情的な価値、自己表現の価値など、顧客がブランドを通じて得る体験を深く掘り下げます。
  • ブランド知覚品質:顧客に「認識してもらうべき品質」を定義します。これは単なる製品の物理的品質だけでなく、サービス品質やブランドが持つ信頼性なども含みます。例えば、スターバックスの知覚品質は、コーヒーの味だけでなく、居心地の良い空間やスタッフのホスピタリティにもあります。
  • ブランド連想:顧客の心にどのような「際立つ連想」を抱かせるかを定義します。ブランド名を聞いたときに、どんなイメージや感情が思い浮かぶか、その核となる要素を明確にします。例えば、コカ・コーラは「幸福」「喜び」といった感情を連想させます。
  • ブランドパーソナリティー:ブランドの「個性や態度」を人間のように表現します。これにより、顧客はブランドに親近感を覚え、感情的な繋がりを築きやすくなります。例えば、ナイキは「アスリートの挑戦を応援する」といったパーソナリティーを持っています。

これらの要素を明確にすることで、ブランドの軸が定まり、一貫性のあるメッセージを発信できるようになります。

ステップ4:ブランディングの評価指標設定(ブランドエクイティ)

ブランディングは、単に「感覚的」なもので終わらせてはいけません。その効果を数値化し、評価・管理することが成功の鍵です。本書では、ブランドエクイティ(ブランド資産)という概念を用いて、ブランドを数値化(見える化)して評価・管理することの重要性を説いています。

例えば、ブランド認知度を図る指標の一つに「ブランド純粋想起率」があります。これは、商品カテゴリーを提示し、何のヒントも与えずに知っているブランド名を言ってもらい、その中で自社ブランドが挙がった割合を測定するものです。認知度だけでなく、ブランドロイヤルティ、知覚品質、ブランド連想なども定量的に測定することで、ブランディング活動の効果を可視化し、PDCAサイクルを回すことが可能になります。

ステップ5:STP戦略の策定

最後に、ブランドを誰に、どのように届けるかを具体的に定めるSTP戦略を策定します。

  • マーケットセグメンテーション(市場細分化):隠れた市場機会を発見することを目的に、市場を細分化します。これは、単に既存の顧客層を分けるだけでなく、新たな市場を「創造」する視点も含まれます。
  • 例:JINSのブルーライトカットメガネ 一般的なメガネチェーンが「視力が悪い人」をターゲットにしていたのに対し、JINSは「視力が正常な人」という新たな層に目を向け、ブルーライトカットメガネという全く新しいニーズを創出しました。これにより、メガネ市場を大きく拡張することに成功しました。
  • ターゲティング:細分化した市場の中から、自社が最も効果的にアプローチできるターゲット層を絞り込みます。
  • ポジショニング:ターゲット市場において、競合と差別化された独自の立ち位置を確立します。

このSTP戦略を通じて、ブランドが誰にとって、どのような価値を提供するのかを明確にし、市場での優位性を築きます。

ブランドのデザインポリシー策定:視覚情報がブランド連想のトリガーに

ブランディング戦略の最終段階として、ブランドの「顔」とも言えるデザインポリシーを策定します。デザインは、顧客の第一印象を決定づける極めて重要な戦略要素です。

人間が外界から受け取る情報の80%以上は視覚によるものだと言われています。人は文字情報よりも「色」や「形」といった視覚的な要素で物事を認識し、それがブランド連想の強力なトリガーとなります。例えば、マクドナルドの「M」のロゴや、コカ・コーラの赤と白のパッケージは、見るだけで特定のイメージや感情を呼び起こします。

ロゴ、コーポレートカラー、フォント、写真のトーン&マナーなど、ブランドを構成するあらゆるデザイン要素に一貫性を持たせ、ブランドが持つ世界観を視覚的に表現することが求められます。これにより、顧客はブランドを一目で認識し、その価値や個性を直感的に理解することができます。

小手先ではない!本質的なブランディングで事業を次のステージへ

『ブランディングの教科書』を読み終えて強く感じたのは、ブランドマーケティング戦略の全体像と、具体的なアプローチ方法が非常に体系的に整理されている点です。これまで曖昧だった「ブランディング」という概念が、具体的なステップとロジックで紐解かれていく感覚は、まさに「教科書」と呼ぶにふさわしい内容です。

本書が繰り返し強調しているのは、「小手先のPDCA」ではなく、「大きな方向性を明確にしたブランディング戦略」を立てることの重要性です。戦略なき戦術は、徒労に終わる可能性が高いでしょう。事業の大きなステップアップを目指すのであれば、まず「なぜ、誰に、何を伝えたいのか」という根源的な問いに向き合い、企業都合の考え方ではなく、消費者や社会側に立った視点でブランドを築いていくことが不可欠です。

この一冊は、単なるマーケティング手法の紹介にとどまらず、ビジネスにおける「顧客価値」と「持続可能な成長」のあり方を深く考えさせてくれるでしょう。ブランディングの本質を理解し、あなたのビジネスを「衝動買い頼み」から「指名買い」へと進化させたいなら、ぜひ『ブランディングの教科書』を手に取ってみてください。あなたのビジネスを次のステージへと導く、強力な羅針盤となるはずです。

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